がんの罹患者は年々増加してきています。
現在約85万人が新たにがんと診断され、5年生存率は改善が見られるものの、年間で約36万人ががんで亡くなっています。
がん医療における「心」を専門とする活動を、サイコオンコロジーといいます。
疾病や治療に関する適切な情報提供、孤立を防ぐ情緒的支援、治療継続の支障となる不眠、不安、抑うつに対し精神医療を含む医学的支援があります。
がん患者様への身体的なケアはもちろん、心のケアの重要性も近年重要視されてきています。
今日はがんや難病患者様への心の支援について書いていきます。
緩和ケアにおける心理的支援
WHOは緩和ケアを以下のように定義しています。
緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾病の早期より、痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチャルな問題に関して、きちんとした評価をおこない、それが障害とならないように予防、対処することで、人生の質(QOL)を改善するためのアプローチである。
つまり緩和ケアとは、病気にともなう心と身体の痛みを和らげることを指します。
また緩和ケアは、本人や家族が「自分らしく」過ごせるように支えていくことを目標にしています。
緩和ケアは、入院中は緩和ケア病棟、または緩和ケアチームによって受けることができますが、外来でも受けることができます。
外来では、緩和ケア外来で訪問診療や訪問看護と連携した、在宅緩和ケアを含めた、自宅や慣れ親しんだ地域の介護施設で受けることができます。
命に関わるがんなどの疾患や、長期に渡り治療を必要とする難病などを抱えている場合、強い不安や葛藤を感じたり、誰にも分かってもらえないような孤独を感じたりします。
入院生活が長くなると、自分が世間から取り残されているような寂しさを感じる場合もあります。
病気をすると生活の質(QOL)が著しく低下しますが、緩和ケアでは、病気の治療だけではなく、身体の痛みを和らげたり、気持ちが不安定になる、夜に眠れない、などの状態に対して心理的な支援を行います。
入院病棟では、患者様のお部屋まで行きお話を聞く「ベットサイドケア」や、グループで行う心理教育が主な関わりになると思います。
心理教育では、心を穏やかに保つためのリラクゼーション法や、不安に襲われた時の対処法などを勉強します。
一昔前は、身体的な病気の治療が優先され、このような心の支援まで行き届いていない現状がありました。
もちろん今でも病気の治療が第一ですが、その中で、「生活の質を病気によって落とさないための支援」「少しでも心理的な負担を軽くするための支援」の重要性が見直されているのです。
病気を抱えて生きる、という視点
「病気を抱える」
このような言葉は心理士独特な言い回しです。
身体的病気、精神的な病気、どちらに対してもですが、私たち心理士は病気に対して「治す」という視点で話はしません。
病院には様々な職種が働いていて、その職種によって病気に対する視点は異なります。
病気を治療し「治す」という視点は医師の視点です。
私たちは病気を治すという視点ではなく、「抱えて生きる」という視点で考えます。
「治す」という視点はとても大切で、その視点があるからこそたくさんの患者様が完治をしていきます。
その視点は大切である、という前提のもとですが、治らない慢性疾患や命を脅かす疾患に対して、「治らなかったとしても生きていく」という視点から「抱えて生きる」という考えが生まれました。
ただ、病気を無理にポジティブに受け止めたりするようなことを推奨しているわけではありません。
ポジティブなもの、ネガティブなもの、それらを決めるのは私たちではなく当事者の方です。
どのような意味合いのものであっても、治らない、ということを抱えられる心の器を育てる、心の器からあふれ出してしまったものを支える、それが疾患に対する心理士の役割です。
ちなみに、ケースワーカーなどの福祉関係の職種の人たちは、病気を抱える人たちを「患者」という病む人ではなく、「生活者」という視点で関わります。
今は病気になっても、生存率があがり、再発を予防しながら生きていく人が多くなっています。
その中で「生活」というのは、とても大切です。
小児がんなどで長期に入院して、がんが完解した子どもたちが、地域社会に戻り不登校になる、というのは実はとても多いのです。
長期に病気を治療することに専念していると、いざ退院して不適応をおこす可能性もあります。
入院をしていても、病気であっても、その人自身は変わらない、一人の人間、生活者である、という視点はコメディカルスタッフ独特なものです。
その視点は患者様の今後の人生を手助けするものだと思っています。
ちなみに私は便宜上、病院にかかっている方のことを「患者様」と呼びますが、実際は「相談者様」「クライアント」と呼んでいます。
「病む人」ではなく「悩みを抱える人」という視点で関わっているからです。
このような前提の視点のもと、緩和ケアでの業務も行っています。
ブラックジャックによろしく がん医療編
緩和ケアについては、「ブラックジャックによろしく」という漫画のがん医療編が非常に分かりやすく描かれていました。
この漫画では完治の見込めない患者様を扱っていましたが、末期がんという絶望の中に希望を見出す極限状態が見事に伝わってきて、胸にくるものがありました。
「治らない」「死ぬ」「病気」というものに対して、その人の考える意味を見出すこと、自分なりの答えを探求すること、それは病気を抱えている人にこそ必要です。
自分の生きた意味、病気になった意味、死んでいくことの意味、それらを極限の精神状態で考える患者様に寄り添う医師の姿が描かれていて、緩和ケアについて考えるきっかけとしても分かりやすいかなと思います。
おわりに
小児科、外科、精神科などの病院には様々な職種がいて、その職種によって病気への捉え方は異なります。
その異なる考えを持ちながら、チームで患者様の生活の質を援助していくのが緩和ケアです。
緩和ケアは末期がんなどの患者様対象、と思われがちですが、慢性疾患の方へも行われるのです。
病気になればたくさんの制限が出てきますし、気持ちも当然落ち込みます。
今までできていたこともできなくなるかもしれません。
だけど諦めないで良いこともあります。
「病気だから身体の痛みは仕方がないこと」
「夜眠れないけどそれどころじゃないよね」
「怖くて不安」
このような気持ちを「病気だから」ですべて諦めなくても良いのです。
何かしら医療者が力になれるものがあるかもしれません。
このことが少しでも多くの人に知られていくことを願っています。